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「mitsuwa」が手掛ける、地方で「理想の暮らし」と「料理人の道」を両立させる場所 山口市「aid Local Gastronomy +」

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2025年11月23日日曜日。山口市佐山の里山は、冬の足音が聞こえつつも、どこか柔らかな秋の日差しを感じられます。
静かなこの場所に、これからの「山口の食」と「地方の可能性」を変えるかもしれないキッチンスタジオが産声を上げました。その名は「aid Local Gastronomy+(エイド・ローカルガストロノミー・プラス)」。
本日はそのお披露目会。地元の方々やプロジェクトに関わった仲間たちが集い、笑顔と美味しい香り、そして何かが始まる予感に満ちた会場へ「山口さん」編集部がお邪魔しました。

【写真はこちら】畑の恵みが詰まった料理の数々

古民家を改修してはじまったプロジェクト

「aid Local Gastronomy+」は山口市佐山の細い路地に面したところにあるリノベーションした家屋を舞台としています。家の正面口から足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは、広い空間。

壁や天井を抜いたことで天井が高くなったこの建物は、山口県の「第2のふるさとづくり推進事業」の参加者や地域住民とともに作り上げられたものだそう。

靴を脱いで奥に足を踏み入れると、長いキッチンカウンターが据え付けられた細長い空間が広がります。ここがシェアキッチン「aid Local Gastronomy+」です。

「aid」を主宰するのは、この建物から50mほどの距離にある「畑のガストロノミー mitsuwa」の三和慎吾さんと靖子さん。

「mitsuwa」は、「畑のガストロノミー」をコンセプトに、お店の目の前に広がる畑で育てた100種類を超す新鮮な野菜を使った料理を提供するレストランです。

一日一組限定で、県内だけでなく県外からのファンも多く持つお店。「aid」は、その「mitsuwa」が始める新しいプロジェクトということで、聞くだけでワクワクが広がります。

 

野菜そのものを味わう

この日のお披露目会では、「mitsuwa」の魅力が詰まった特別なブッフェが振る舞われました。カウンターに並んだのは、山口県特産の希少和牛を使った「無角和牛のスネ肉の煮込み」。

自家製小麦のカンパーニュと一緒に頬張れば、濃厚な旨味が口いっぱいに広がります。その横には、今回のお披露目会に参加した人が作った、大根やネギ、キャベツの甘みが溶け出した「冬野菜のスープ」や、「カブと春菊のマリネ」、「ケールとカブとベーコンのハニーマスタード炒め」など、野菜の生命力をダイレクトに感じるメニューがずらり。

筆者もいくつかのメニューをいただきましたが、どれも野菜の味がしっかり引き立っていて、感動を覚えるものばかり。野菜そのものの美味しさを心ゆくまで堪能することができます。

これらはすべて、三和さんたちが「最初は失敗の連続だった」という畑作りから始め、年月をかけて作り上げ磨き上げてきた「畑のガストロノミー」の結晶です。

 

「畑のガストロノミー」が実現するまでの5年間

しかし、この輝かしい現在に至るまでには、想像以上に長く苦しい道のりがありました。10年ほど前に地方に移住した際、料理提供において大きな壁に直面したのです。当時、地元ではフランス料理は「結婚式で食べる」ような格式ばったイメージが強く、「フランス料理はここでは無理」とまで言われたといいます。このイメージを払拭するため、当初は単価を安く抑え、ビストロの家庭料理として提供を始めました。

「でも、単価を下げたため利益にならない。そこで初めて気づいたんです。単に高級食材を使うだけではなく、お客さんを『そこに引きつける理由』となる価値を見出す必要がある、と。」

靖子さんはそう振り返ります。その価値を見出すために、慎吾さんたちが選んだのが自家栽培でした。しかし、その道のりは険しく、長いものでした。フレンチに必要なケールやディルといった洋野菜を地元で買う場所がなく、畑があるからと植え始めたものの、試行錯誤の連続。予約客が来る日に必要な収穫量が確保できない。植えても美味しくない品種になる。100本植えても3本しか使えない時期もあったといいます。

約5年間、自然を相手にするコントロールの難しさと向き合い、ようやく自分たちが欲しいものが採れ、お客さんのニーズに合わせられるようになり、野菜が安定供給できるようになったのです。その「野菜が美味しい」という評価こそが、現在の「畑のガストロノミー」へと切り替える決め手となりました。

 

「子育てをしながら、料理人でいたい」という思い

同時に、経営と個人的な生活においても課題がありました。

「私自身、19歳で出産し、3人の子育てをしながら夫婦二人で都会で料理修業をしてきました。一番かわいい盛りの子どもたちとの時間を犠牲にして、必死に厨房に立つ日々。いつしか、大好きだったはずの料理が、ただの作業になってしまっている自分に気づいたんです」

従来の飲食業界の働き方では、料理人が市場から仕入れる現場も見られず、太陽を浴びることもなく、ただ消耗していく。

「料理人は、数字だけを見る経営者になるか、職人のまま疲弊するか、その二極化に陥りやすいんです。」

そう靖子さんが語る背景には、業界が置かれた構造的な問題があります。しかし、慎吾さんと靖子さんが地方で歩んだ歩みの中で、別の道が見えてきました。自分のやりたいことを料理で表現しつつ、家族との時間もきちんと取れ、利益も確保できる働き方。その軌跡の中で得た知見、試行錯誤の末にたどり着いた「最短ルート」こそが、このシェアキッチン「aid」の本質的な役割となるのです。

 

なぜ「aid」が必要なのか

「地方で飲食業を始めたいという人は多いのですが、開業のハードルは低い一方で、その後につまずく人がほとんどなんです」

靖子さんはそう指摘します。インプットの場が不足しているのが大きな要因だといいます。そこで、このシェアキッチンを、地方で料理を仕事にする人々や開業を目指す人々が、専門的に学べる場にしたいと考えたのです。

料理教室では、単にレシピを教えるのではなく、メニューの磨き上げや統一感の確立を通じて、参加者が「自分のやりたいことを料理で表現する」ことをサポートします。また、その土地に紐づいた料理を探求する中で、地方だからこそ実現できる価値創出のノウハウを伝えていく。靖子さんたち自身が試行錯誤の末にたどり着いた「最短ルート」を、次の世代に示すことが目指されているのです。

 

「給水所」としての「aid」

「子育てをしながらでも、暮らしを大切にしながらでも、料理人の道をあきらめなくていい。ここを、そんな人たちのための『エイド(aid)』にしたいんです」

「エイド」とは、マラソンの給水所が「エイドステーション」と言われるように「支援」という意味の言葉です。長い料理人人生のマラソンの中で、ここは休息し、エネルギーを補給し、また走り出すための場所。「一人ではできないことも、ここに来れば仲間がいる」。そうやって力をチャージして、再び現場に戻っていけるように、という想いが込められています。

そして、店名の最後に添えられた「+(プラス)」の文字。ここには、三和さん夫妻のもう一つの大切な想いが宿っています。

「私たちだけでやるのではなく、みんなで『共創』することで初めて成立する場所だということ」

一方的に教える・教えられる関係を超えて、集う人々が互いに高め合い、新しい価値を共に創り上げていく。その広がりの可能性が、この記号に込められているのです。

今回のお披露目会で料理をお手伝いした山村瑞樹さんはなんと千葉県からの参加者。飲食店開業を目指しているそうですが、「今まで不安だったけれど、ここなら仲間がいるし、具体的なイメージが湧きました」と目を輝かせていました。

靖子さんたちが試行錯誤の末にたどり着いた「最短ルート」が、ここ「aid」を通じて、次の世代の料理人たちへと引き継がれていく。地方で理想の店づくりと生き方を両立させたいと考える人たちにとって、この場所はかけがえのない存在になるはずです。

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