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#2 なぜ今、長門市でフェスなのか。地元の中心人物に聞く「NAGATO DAWN FEST 2026」が動き出すまで

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地域で「何かを始めたい」と思うことと、それを本当に形にすることの間には、大きな距離があります。特にそれが初開催のフェスならなおさらです。何をやるのか、誰とやるのか、どう続けていくのか。そして、なぜ今、長門でフェスなのか。

「NAGATO DAWN FEST 2026」の実行委員長を務める岡藤明史さんと、実行委員として現場を支える白石迅さんに話を聞くと、このフェスが単なるイベントではなく、“長門で何かを始めたい”という切実な思いから生まれていることが見えてきました。

 

長門で仕事をしてきたからこそ、見えていたこと

岡藤明史さんは長門で生まれ育ち、一度外に出てからUターンし、今は「ホテル楊貴館」で人を迎える立場にあります。

外に出たからこそ見えた長門の魅力も、戻ってきたからこそ見えた課題もあります。自然がある。温泉がある。時間がゆっくり流れる。食も豊か。けれど一方で、“目的がなければ来てもらいにくい場所”でもある。

魅力があるから人が来るのではなく、魅力をきちんと伝え続けるから人が来る。観光に関わる岡藤さんの言葉には、そうした実感がにじんでいました。

「手を止めて、足を止めると忘れられるんだろうな、という危機感をすごく感じるんです」

長門には、わざわざ来る理由になる景色や時間があります。でも、それは何もしなくても届くものではありません。発信し、更新し、変化を見せ続けなければ、まちは静かに“通り過ぎられる場所”になってしまいます。

岡藤さんが強く意識していたのは、若い世代の存在でもありました。長門には大学や専門学校がなく、高校卒業後にまちを離れる人も少なくありません。自分自身も一度外に出たからこそ、ふるさとが頭の中に残り続けることの大切さがわかる。東京でも大阪でも福岡でも、長門出身の若い人たちが「長門、すごいじゃん」と誇りを持てる景色をつくりたい。そんな岡藤さんの願いが、今回のフェスの背景にあります。

“イベント”ではなく、“フェス”でなければならなかった

「NAGATO DAWN FEST 2026」の核にあるのは、単発で終わる催しではなく、何年もかけて育っていくものをつくりたいという思いです。誰か一組のアーティストに紐づく公演ではなく、土地に紐づく文化として残っていくものを始めたい。そう考えたとき、必要だったのが“フェス”という形でした。

「一回で終わらないものを作りたい」

その場が盛り上がればいい、話題になればいい、ではなく、この先に続いていく何かの最初の一歩でありたい。「DAWN」という名前には「夜明け」だけでない意味が重ねられています。

「スタート、リスタート、新しく誕生する。新しい文化がそこで生まれていく、そういう景色が生まれていくフェスにしたいんです」

この言葉を聞くと、「DAWN」が単なるイメージではなく、かなり具体的な願いを持った言葉だとわかります。長門で何か新しいことが始まる。しかもそれは、外から借りてくる盛り上がりではなく、この土地から生まれてくる熱であってほしい。岡藤さんはそう力を込めます。

岡藤さんの熱を、白石さんはどう受け止めたのか

その思いを受け止め岡藤さんをサポートするのが、市内の飲食店「きらく」の白石迅さんです。

白石さんも一度外に出てからUターンという経験を持ちますが、岡藤さんと出会ったのは、長門に戻ってきた7年前。最初の印象を聞くと、「いい意味で人たらし」という言葉が返ってきました。人を引きつける力がある。気づけば周囲を巻き込み、一緒に走らせてしまう力がある。しかも、ただ勢いがあるだけではなく、“この人が言うならやるのだろう”と思わせる説得力がある。白石さんの言葉からは、そんな信頼感が伝わってきました。

「この人がやるって言ったら、やるんじゃないかと思って」

長門でフェスができるかもしれない。そう聞いたとき、驚きはあっても、疑いはなかったと白石さんは振り返ります。普通なら“本当にできるのだろうか”と半歩引いてしまいそうな構想を前にしても、「できることがあったら言ってくださいね」と自然に返せたのは、岡藤さんの背中を見てきたからこそでしょう。

二人には、以前から長門で何かを起こしてきた積み重ねがあります。コロナ禍には、子どもたちの思い出をなくしたくないという気持ちから、一緒に市内で花火企画を動かしたこともありました。規模は違っても、“長門で景色をつくる”という意味では、今回のフェスはその延長線上にあるとも言えます。

「花火を超える案件がきた、という感じでした」

笑いまじりのこの言葉にも、本気の空気がありました。
ちゃんと先を見ている温度感を岡藤さんから感じたからこそ、白石さんも本業とは分野が違うものの全面的なサポートを決意したのかもしれません。

 

不安もある。それでも、やる意味がある

もちろん、初開催のフェスには不安もあります。
岡藤さんは、立ち上げでいちばん苦労したことのひとつに、“それが何なのかを説明すること”を挙げていました。まだ実績も前例もない。映像も記憶もない。だから、何をやろうとしているのかを、思いの部分から伝えなければならない。その難しさは、きっと想像以上だったはずです。

「0から1を作るので、そのフェスがあることすら誰も知らない。最初は“どんなものです”を説明するのが非常に苦労でした」

でも岡藤さんは、その“思いの部分だけで戦う”時間があったからこそ、深く響いた相手もいたと話します。理屈よりも先に、熱が届く。新しいことが立ち上がる瞬間には、たしかにそういうことがあります。まだ形になりきっていないからこそ、そこに賭けたくなる人がいる。応援したくなる人がいる。フェスが少しずつ“みんなのもの”になっていくのは、そういう瞬間なのかもしれません。

白石さんもまた、飲食の立場からこの挑戦に大きな意味を感じています。地方の飲食店は、日々店を続けるだけでも簡単ではありません。そのうえで外へ向けて発信し、人を呼び、まち全体の流れを変えていくのはなおさらです。だからこそ、年に一度でも、長門に人が集まる強いきっかけが生まれることは大きい。フェスはその日限りでも、そこで長門を知った人が次につながるなら、その価値は2日間にとどまりません。

「純粋に、人が来るようなイベントっていうのは、飲食店にとってはかなりありがたい」

率直な言葉ですが、だからこそ本質的です。
フェスは夢のある話であると同時に、まちに人の流れをつくる現実的な仕組みでもあります。盛り上がるだけで終わらせない視点が、実行委員の中にきちんとあることがわかります。

“最初の夜明け”を、長門のみんなでつくりたい

岡藤さんが育てたいのは、たった2日間で終わるフェスではありません。
その2日間をきっかけに長門を知ってもらい、また別の機会にも訪れてもらうこと。人口規模の大きくない地方都市でも、社会的なインパクトを持つフェスはつくれる。その実感を積み重ねていきたいと語ります。

「地方でも、こういった社会的影響力のあるフェスを、人口3万人のところで開催するというのは非常に重要だと思うんです」

この話を聞くと、「NAGATO DAWN FEST 2026」は、「面白そう」で終わらせるにはもったいないフェスです。
ひとりの熱だけでなく、その熱を信じる人がいて、支える人がいて、少しずつ“まちの挑戦”になっていく。第1回に行く人は、ただの観客ではありません。その最初の「夜明け」を、一緒に作り上げていく目撃者であり参加者でもあるのです。

▶︎次回は、なぜこのフェスの舞台が長門なのかを深掘りします。
海、食、温泉、人の距離感。岡藤さんと白石さんの言葉を通して、“長門でやるからこそ生まれる景色”を見つめます。フェスの先にある、このまちの魅力もぜひ感じてみてください。

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